2011年04月12日

レベル7

98455214番目の御坂クローンを殺し、未踏のレベル6へ到達したアクセラレーター。

レベル5の御坂が放つレールガンは・・・もはや通用するはずもない。

「そんなことは分かってる、でも。。。」

追い詰められる御坂。

あきらめの中で、不適に覚悟を決めた御坂の左手に!?。。。

 ・・・ ドクン! ・・・

「えっ?!」


【次回】  覚醒:Level.7

 

なんて感じ?

てかさ、5→7の一段飛ばしってのは随分と中二病な設定だとおもうでw

漫画だったら


レベル5の糞能力女が生意気なんだよ ヒャッヒャヒャッ

御坂覚醒 Level.7

スーパー御坂さんタイムで、アクセラレータをフルボッコ

とかだしw

posted by 名前はたくさんある at 10:56| Comment(15) | TrackBack(0) | 日記

2011年04月07日

なぜ日本人は放射能危機においても冷静なのか?



1.何も考えてない
原発?なにそれ美味しいの? (5%)

2.信じてる (20%)
マスゴミの言うことを真に受けて、本気で安全だと思っている。
ある意味幸せ。

3.言い聞かせている (50%)
不安で不安でしゃーないのだけれど、政府もマスゴミも安全だと言っているので、自らに言い聞かせて安全だということにしている。気苦労お察しします。

4.だめなときは駄目。行動めんどくさい。(20%)
「ぶっちゃけアレでしょう」とは思っているが、ドウにもならないのであきらめている。逃げるだけの余力はない、死ぬときはみんな死んじゃえばいいんじゃね?と。

5.避難している人もいる (5%)
ごく少数だけど、仕事放り出して逃げるだけの財力がある人は既に避難しているのかと。「社会的パニックを引き起こす」とか言って、ゴミはこういうことは報道しないから目立たないだけ。


と、勝手な私の妄想でありましたとさw

結構なんていうの? 何も考えたくないか、どうでもいいと思っているかなんじゃないかな?と。

一部には、死というものを極力遠ざけてきた結果、死に対する恐怖心自体が喪失しているんじゃないかなんてのもあるんじゃないかなと。
posted by 名前はたくさんある at 14:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年04月05日

お漏らしが止まらない〜

日本は被害者ヅラしてますけど、そろそろ加害者になりつつあるなぁ。。。

てか、もうなってるかw

農産品やら工業製品の輸出停止or各種検査証明要求されてるね。
微量でも実際汚染されているので、検査証明要求されるのは当たり前だと思うよ。

なに「科学的データに依らない風評である」とか言ってるわけよ?
汚染状況データすら碌に出さなかったバカが何をいうwwww

判断のしようが無ければ、そりゃ一律でシャットアウトだってよ。

てか、「低レベル」だけど、汚染水を大放出しまくりじゃんw
「低」ってなによ、基準値の400倍? 環太平洋レベルで怒りを買いそうだw
日本近海で水揚げされた魚だったら、そりゃ検査したくもなるだろうよ。


ついでに大気汚染に関しては因果関係がはっきりしなくても、中韓はねじ込んでくるだろうし、
よいタイミングとばかりに賠償金と称して金出しそうだからミンスは怖いんだよな。

関東在住の我々には「避難地域でないので保障ないっす、いや常識でしょう」と言いつつ、中韓には「住民心情を考慮して金払います テヘ♪」とかマジデ言いそう。

とりあえず義援金から出すのかな?「配分目安は政府が指示するんでヨロ」とか言ってたし♪


***

1ヶ月経過してもお漏らしを止める目処すら付かないのは、明らかに使用者としての責を全う出来ていない。
地震・津波は天災だけど、お漏らし止めきれないのは明らかに人災だろ、常考。


「原発は何かあったら長期間放射性物質を垂れ流すリスクがあります」

こう思われ始めているわけで、クリーンエネルギーで原発推進!みたいな各国の団体からもウザイを通り越して盛大に恨まれているコトでしょう。


おまえら電気使ってんだろう?とか突っ込まれますが

安全安全叫んで運用してたのは東電と国。

エネルギー政策は「キメ」も問題だから、正直何を選んでもメリデメあれども、大体うまくいくはずなんだよ。その中で原子力を選んだのだから、リスクはきちんと取って欲しい。

ウチらは停電・節電・料金でリスクを取っているのだから、事故対応はおまえらマターだぉ。

「○○ちゃんも▼▼だったのにー」なんてのが許されるのは幼稚園までなんだけど、端から見てる限り、当事者が学級会以下の茶番やってるわけで、まぁ仕方ないのかなぁ。。。と思ったりもします。


とりあえずさ、国内で一番熱いネタが

「花見をするのは不謹慎か?」

っていうのが、周辺把握能力ゼロな感じがしてスバらしい。

流石我らがJapaneseって感じだと思う訳です。
posted by 名前はたくさんある at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年04月04日

隣の芝が青い感じの人多すぎじゃね?

てか、そんなに自粛ムードが蔓延してんの?

TVばっか見てるから「自粛ムードが有頂天 ヒャッハァー♪」とか洗脳されちゃって、自ら勝手にマイナススパイラルに嵌って萎縮しているだけってオチなんじゃね?w

個人的には不適切だの不謹慎だの五月蠅いのは、関東やら関西で被災地眺めて無駄に悲壮に暮れている神経質な糞野郎だけなんじゃまいかとか思っています。

なんか一見さ、「自分だけ平和な日常を送っていていいんだろうか?」なんてマトモな感じがする台詞じゃないですか?
でもそれって半分くらいは悪しき同列意識から出てきた上っ面だけの悲壮感でしょう?

で、それを認めたくないモノだから、自らの規範から外れた行動(いわゆる不謹慎な行い:ただし100%自分基準)をする他者を批判して、自らの正当性を担保すると。。。

もう自分勝手感マンマンですなw
こんなモンが美徳な訳ねーってよ マジデ。

他者の感情との一体化は、ある程度までならよしですが、行き過ぎると単なる「隣の芝生が青く見えちゃうだけの俗人」とも。

隣人が不幸なら「自らも不幸のお裾分けをしている振り」で一体感を甘受する。

じゃぁ、逆に隣人が幸福なら?。。。幸福のお裾分け。。。

なーんてのは、ナカナカ満たされないわけで、結局行き着くのは、嫉妬、歪んだ羨望、逆恨みからの悪意wwwwwwとな。 「キィー どうしてお隣はあんなに恵まれているのかしら。変よ、絶対に変よ。あいつ不幸になればいいのに」的な(爆


不幸の場合は「自らは不幸のフリ」で満足している癖にコレよ(爆

要は自分勝手な感情のみで行動パターンができあがっているからなんだろうな。
論理思考のかけらもない屑は家に引きこもって電気消して断食でもしてろ、と。

そう私は思う訳です。
posted by 名前はたくさんある at 18:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年04月01日

新メニュー


・ヨウ素ブラン
・プルトニウムティー
・ウランコーヒー
・焼酎のセシュウム割

アルコール類については、度数によって131〜133の愛称が付いちゃったりします。
例)
ヨウ素ブラン131

浅草の某バーで出すなら食券に記載されるのは略称だろうな、常考。
例)
I−131

セシウム割については水道水から検出濃度が日々違うので、コレは店頭のコルクボードが旬のもの感マンマンでいいのではないかとw
-----------------------------
【本日のお品書き】

 Cs−136(16.3Sv/h)
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* いちおう日本政府公認ですから(直ちに健康に影響が出るものではない的レベルで)


不謹慎てか自虐と風刺なんだけどな。
腫れ物に触りたくないひとは不謹慎だの不適切だの騒ぎ出すのかねぇw


てか、世相的に流行の言葉を適当に組み合わせて、それっぽい製品名にするなんてのは日本の伝統芸能みたいなもんだろう。

電気ブランなんてのはブランドになってるけど、お調子者のマスターが何となく思いついてネーミングしたに違いないのであります。
日本のAVタイトルで時事パロディが秀逸なのも多分この気質から来ているんだろう〜的な。



posted by 名前はたくさんある at 17:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年03月30日

暗い街? 丁度いいだろう。

節電のおかげで照明が落ちていてよろしいですなー

上野のメトロ地下通路とかはようやく歴史の重みというか、重厚さが出てきたかな〜ってレベルでまずまずかなと。

フラットに照らされていただけのクソつまらない空間が、間引き照明のおかげでプチ変身。
朽ちつつあるコンクリート、タイルの質感がコントラストを出してきてよい感じ。
歩く人に落ちる陰影も刻々と変わっていく動画的な楽しみがそこにはある。


できればこのまま蛍光灯を全廃して、間接照明をポツポツ置けば、アジアンとヨーロピアンが混ざり合ったステキな場所になるんだけどな〜とか思っています。

って、地獄のミサワかよw

(暗転)

街の明かりもしかり。

通りから見える店内が雰囲気出して逆に目立つという効果有り。
店内の光はそれなりに計算されているワケで、今まで見えなかったステキな風景が浮かび上がっているのがステキ。

無駄に明るい通りにかき消されていたってワケね。
あぁ、勿体ない。

お外は看板のみが強調されていればいいんだよな。

このまま照明に対する意識というか、そーゆーのも変わっていくと個人的にはちょー嬉しい。


(暗転)


「街の明るさが戻るのはいつでしょうか」


自らの都合に合わせて変化を求める割には、情緒的な部分では普遍を煽って悲壮感をプロデュースしているゴミは死んでイイヨ。

明るいだけの街を、死んだ目をしたオッサンがヨロヨロ闊歩するようなモンはいらんのです。


ほんと、このまま一生節電してりゃいいのにとか思うわけですよ。

posted by 名前はたくさんある at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記